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ムーミン家長

Author:ムーミン家長
どこにでもいるごく普通のムーミン似のお父さん。スナフキン似の妻とノンノン似の娘たちと暮らしている。
人生を折り返したある日、家族平和こそが世界平和へつながる原点だと確信。ムーミン家の長として、世界平和に貢献すべく週末シェフを務めることに。

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魔法の言葉 
昨年何度か書いたのだが、家長は毎朝、宇宙の始まりを想像させられるような混沌が支配する車両で通勤している。

この混沌は小学生たちによって作られるので、春になり年度が変わるたびに様子が変化する。今年度の混沌には傍若無人という要素が強く感じられる。

今日は座席を占領し、『茶摘み』を歌いながら手遊びしているグループがあったが、もう少しで八十八夜が厄日だと勘違いさせられるところだった。

この混沌の中にいて一番大変なのが、電車を降りること。

ランドセルを背負った小学生の海の中をドアまで進んで行くのは並大抵のことではない。運良く辿りついてドアが開いても彼らはそこに立ったままで人を通そうなどとはしない。

うかうかしていると、ホームに並んでいた大人達が入ってきて、二度と外へは出られなくなってしまう。

昨日はこの苦境を乗り越えようとして奮闘した二人の人間を目の当たりにした。

1人は女子高生:
駅に着いて扉が開く。すぐ目の前にホームが広がっているのにポールに捕まった少年達の腕に阻まれて身動きがとれない。刻一刻と時間が過ぎて行く。このままではどうしようもないと思ったのか、目の前に張り巡らされた腕の中の1本をムギュと掴みねじ上げるようにポールから引き離した。顔を歪めて振り返る小学生。彼が体を引いて出来た隙間に割り込むように身体を移動させ、綱引きをするように鞄を引っ張って何とか外へ出て行った。

もう1人はスーツのおじさん:
電車がホームに滑り込み、止まった瞬間には扉の前に立とうと小学生の海の中を移動していた。女子高生よりずっと体格がいいので、力ずくで何とかドアの前に立てたのだが、扉が開いても動けない。目の前の小学生達がすき間なく並んでバリケードとなっていたからだ。無理に割り込めば子供をホームへ突き飛ばすことになり危険な状況だったが、イライラしたおじさんは『こら!どきなさい!!』と声を荒げて何とか電車から出て行った。

では、家長はと言うと、実はあまり困らずに降りることができる。それは魔法の言葉を知っているからだ。

まず、小学生の海の中に立ち、扉の方へ身体を向ける。そうしたら次に、ちょっと屈むような姿勢で下を向き、小学生たちにはっきり聞こえるように『おりま〜す』と言う。そうすると彼ら(彼女ら)はパッと顔を上げてこちらを見上げ、一応、避けてくれる。

だが、あまりにも混んでいる時にはそううまく行かない。こういう時に魔法の言葉を使う。それは、“一緒におりるぅ?” だ。言外にエヘヘヘと不気味な雰囲気を込め、楽しそうに言うのがコツだ。危ないおじさんだと思われればしめたもの。どんなに混んでいても小学生たちは慌ててサッと道を作ってくれる。

何にしても、彼ら(彼女ら)に話しかける気持ちを持つことが出来ればいいように思うのだけれど、どうでしょう?

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電車 | 23:49:46 | トラックバック(1) | コメント(0)
Mission:Possible
少し前に、小学生が作り出す混沌の中に身を投じて通勤していることを書いたが、その日の都合で乗り込む電車を変えて妻と一緒に出勤することがある。

その時、家長にはミッションがある。それは “妻を座らせること”

決して妻から頼まれる訳ではない。自分よりもずっと長い時間電車に乗っていると思うと彼女を出来るだけ座らせたいと思ってしまうのだ。

と言っても大したことはしていない。出来るだけ誰かの座席の前に立つ、ただそれだけのこと。

妻が降りるドアが決まっているので、座るならそのドア周辺の8つの座席どれかということになる。妻よりも早く降りそうな人を予測して、その人の前に立つ。

もの凄く混んでいて、それぞれの座席の前に既に人が立っている時はどうしようもない。なるべく通路に居て、誰かが移動したならそこに収まるようにする。運がよければ、家長が降りる前に目の前に座っている人が席を立つが、そうでない時は、家長が降りる時に妻にその場所を譲る。

あまり混んでいなくて8つの座席の前があちこち空いている時もあるのだが、これは緊張する。立つ場所を自由に選べるが、誰の前だと座れる確率が高そうかを瞬時に判断せねばならないからだ。

全く予想もしなかった場所の人が立ったりすると、『ああ、しまった‥』ということになるし、次の駅で早々に目の前の人が立ったりすると、『よしっ!』と(心の中で)拳を握ることになる。

妻が座るのを見届けて電車を降りる時は気分がいい。いい一日になりそうだと思いながら乗り換えホームへの通路を急ぐ(その日の運を使い果たしているかも知れないのに)。

これまでの成功率は5割といったところだ。これは1人でいるよりも2人でいる方がいいと思える線ではないだろうか?(電車に限らず常にそういう線を保っていたいものだ)

さて、この話、Mission: Impossibleのテーマ(http://www.youtube.com/watch?v=erUcduVIt2A)を聴きながら、或いは聴いた後で読み直して欲しい。電車に乗り込む前の家長の緊張が伝わるのではないかと思う。


電車 | 00:12:50 | トラックバック(0) | コメント(0)
通勤電車のランドセル
毎朝の通勤では電車を乗り継ぐ関係上、どうしても階段近くの車両に乗り込む必要がある。しかし、家長が足を踏み込むその車両にはいつも混沌が待ち受けている。

毎朝定刻にホームに滑り込んで来る電車を前に身構え、息を整える。
ドアが開くと目の前に広がるのは小学生の群れ。ワイワイガヤガヤ思い思いにやりたい放題。降りる人にも乗る人にも道を空ける気配はない。

悩んでいると乗れないので、とにかく子供達の隙間に足を踏み入れる。それでも小学生は全く気にしない。身体を斜めにして切り込むように進んで行く。その抵抗たるや腰までの深さがある雪原を踏破する探検家の心境だ。南極昭和基地を目指し氷を割りながら進む砕氷船『しらせ』と言った方がいいかも知れない。

子供達をかき分け、何とか吊り革の下までたどり着くとやっと息ができるという感じだ。しかし、安心は出来ない。この小さな人間たちは気ままにあちこち移動する。

ちょっとした隙間を見つけると、それをくぐって別の場所へ移動しようとする。彼ら(彼女ら)は強固な甲冑のようなランドセルを担いでいるのでそれが引っ掛かったり、或いは押されたりしてとんでもないことになる。本人たちは自分の目線でしか世の中を見ていないので私達大人は木の幹か何かぐらいにしか思っていない。他人に気を遣うとか、遠慮するということは皆無だ。

この混沌を作っているのは3つの私立小学校の生徒たちなのだが、一番の問題はランドセル。この3校とも昔ながらの皮や合成皮革で出来た堅く分厚いランドセル使わせている。車中で生徒がこれを担いでいると、1人で2人分のスペースを占有することになる。しかも縦横無尽に動き回るから閉口する。このカバンを布製でもっと厚みのないものに変えるだけで状況は良い方向へ激変するはずだ。実際にそのようなカバンを使わせている小学校がある。

社会生活を営む上で他者への気遣いはとても重要だ。家庭での教育はもちろんだが、学校教育でもそういうところをしっかり指導して欲しい。生徒を公共交通機関を使って登校させている小学校は、彼らが登校するところから下校して帰宅するまでについてよく考え、また、想像しなければいけない。

とにかく、まずは、あの甲冑のようなランドセルを何とかしてくれないだろうか。


電車 | 23:21:50 | トラックバック(0) | コメント(0)
恐怖のコロッケ
つい先日、帰宅時のこと。

発車間際の電車に飛び乗ったのだが、混んでいたのでドアの前にとどまり、外を流れて行く家々の灯を眺めていた。どこの家もこれから夕食なのだろうなと想像しながら。

小さい頃、夕暮れの中、遊び疲れて家路を急ぐと色々な美味しい香りがしてきたものだ。焼き魚やみそ汁、焼き肉やコロッケ‥ 

そう、あのコロッケ‥ 
あまりにも想い出に浸り過ぎたせいか、まるですぐ傍にコロッケがあるかのような気がしてしまった。ソースの匂いまで感じることが出来る。

いや、ちょっと待て、何かおかしい。これは幻嗅じゃない‥
振り返るのもままならずドアの窓ガラスを鏡代わりに背後をうかがった。するとどうだろう、家長のすぐ後ろで女性がコロッケを頬張っているではないか!しかもソースがたっぷりとついたものを。

歳の頃なら20台後半。ネックレスやイヤリングが目立つそれなりにお洒落な今どきの女性だ。しかしその口元まで上げられた両手にはコロッケが掴まれていた。

そんなすぐ後ろでコロッケを構えて私の背中に付いたらどうするつもりだ!
しかし避難のしようがない。電車が揺れる度に背筋が凍りつき、危うく冷凍人間になるところだった。

部活帰りの中学生や高校生が空腹に耐えかねて買い食いしているのを目にすることはあるが、それでも彼らは混んだ電車で他人の背後に立ち、ソースがたっぷりのコロッケを頬張ったりはしない(と思う)。

ここまでひどいのは珍しいが、近ごろ駅のホームや電車の中で食事をしている成人女性をよく見かけるようになった。皆はそう感じないだろうか?ただ、成人男性でそういうことをしている人を見たことはない(少なくとも家長は見たことがない)。

それにしても、通勤列車の中で堂々と食事をせねばならない事情とはどんなものなのだろう?ちょっと我慢すれば済むことのように思えるのだが。

ともかく、どんな理由があるにせよ他人を恐怖に陥れるような迷惑行為はいけない。こんなことが当り前のような雰囲気の社会にならなければいいのだが‥


電車 | 00:22:29 | トラックバック(0) | コメント(0)

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